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3密を避け、独り山城跡を行く PartⅡその ①「大廻り小廻り山城」編

                     20年11月20日 記

 

 コロナ感染症の拡大が止まらず、第3波到来と言われているもとで、私もいま県外に出るのを中止・中断しています。で、再び県内の山城めぐりです。今日からは、『3密を避け、独り山城跡を行く PartⅡ』編です。

 過日訪れたのは、岡山市にある大廻小廻山城跡です。この城は、神籠石系山城と呼ばれている古代の山城で国指定史跡になっています。神籠Kimg8330 Kimg8334 石式山城(こうごいししきやましろ)とは、白村江の戦いで唐、新羅連合軍に敗れた倭国が同盟国の百済の将軍の指導のもと築城された城郭で、『日本書紀』、『続日本紀』に記載がなく遺構でしか存在を確認できない山城で、九州と西日本に16ヶ所あるそうです。ちなみに、県内にある日本100名城の『鬼ノ城』も同じ神籠石系山城です。また、前述の文献に見える城は12ヶ所で、こちらは朝鮮式山城と呼ばれるそうです。

 

 

 

 


 大廻小廻山城跡は、基本的に山一つを防御施設としたもので、総延長約3.2kmの土塁、版築と呼ばれる工法で造られた壁で囲まれています。これまでに谷筋の3か所に、一の木戸のほか、二の木戸、三の木戸と呼ばれる水門跡の石塁が発見されていますが、現在は草木に覆われて一の木戸しか確認出来ません。

 

 ‥一の木戸の石塁はかすか?に山城跡を感じさせてくれますが、正直、「攻城」っていう高揚感はありませんでした…。
Kimg8339  Kimg8333   一の木戸からしばらく登っていくと、石積みが規則的?に並んだ二の木戸らしい跡を見つけましたが、案内板もないのでよくわかりません。なお、整備された?山道の行き止まり地点にはため池?がありましたが、湖面に映る景色が綺麗で思わず見とれてしまいました。

 

*写真一番上は一の木戸の水門跡。二つ目はは一の木戸の説明板
 上から三番目は二の木戸跡?。四番目は一の木戸の全体像
 写真一番下は山頂付近にあるため池

Kimg8338

 

 

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